本書は約10年間、私がひそかに温めてきたアイディアをまとめ上げたものである。10年前の当時、私は研究者の立場から発展途上国の経済開発問題に取り組んでいた。そして、私同様に専門家と呼ばれる同僚たちが、経済開発の分析・計画手法を緻密に作り上げている姿を見て、違和感を覚え始めた。それは、現場で起こる創造的発見を無視し、時には相反するような机上の空論だったからだ。いったいなぜ……。当初は個人的な関心事にすぎなかったこの疑問は、時を経て徐々に体系立った研究に発展し、最終的に本書のような形でまとまったのである。

 

 この疑問を前に、3人の学説が突如として浮かび上がった。トマス・クーンの科学革命の研究、ジョセフ・シュンペーターの起業発展の研究、カール・フォン・クラウゼヴィッツの軍事戦略論だ。3者は異なる学問分野に属していたにもかかわらず、彼らの主張は創造的進化を究明するという点で驚くほど似通ったものであった。3者の共通項から得られる示唆は、本書で紹介する事例も含め、さまざまな分野に応用できるだろう。
 私はこの共通項を見出すとすぐに、科学、起業家精神、軍事といった領域を超えて一般的に受け入れられるような実用的な概念に昇華させようと取り組み始めた。そこでまず、私はコロンビア大学ビジネススクールに教員として籍を置くことにした。大学内では、経済学、社会学、心理学、政治学の研究者がそれぞれの研究から得たヒントを、ビジネス、行政、そして非営利団体といったありとあらゆる経営の現場に落とし込もうと努力している姿を目の当たりにした。

 

 私はコロンビア大学というきわめて恵まれた環境で、水を得た魚のごとく意欲的に研究活動を展開していった。そしてクーン、シュンペーター、クラウゼヴィッツさえも超越し、脳科学、心理学、経営戦略、社会的起業、専門的・芸術的職業、はたまた個人のキャリア構築といった分野にも応用できる普遍的な概念を発見した。この概念は、最終的には当初の私の研究領域さえも超えた。分野を問わずあらゆるアイディアをどう創造するかという問いに対し、より広い視野で捉えることに成功したのだ。

 

 初期の研究成果をもとに、私は本書の前身ともいうべき2冊の本を執筆し、ビジネススクールの教科書として使用している。MBAの学生は、私の考え方を柔軟に受け入れてくれるだけでなく、授業の質に対する要求も高い。多くの学生の前で教鞭を執り続けることで、私の授業の質も向上していった。大半の学生は、研究者ではなく実務家としてのキャリアを志向しているため、彼らの姿勢は経済開発プロジェクトに参画していた専門家たちとは対照的だった。学生たちは、将来のキャリアや生き方のヒントを学びの場に求めている。昨今のMBAの学生の卒業後の進路は、投資銀行に始まり、芸術関係、社会福祉、国際関係など多岐にわたっている。これに応えるため、私は最も端的で普遍的な概念を持って、人類のあらゆる英知について説かなければならなかったのだ。

 

 本書では、人類史上に見られるあらゆる発見・功績に共通する原動力について、一貫して紹介している。いくつかの例外もあるが、私はこれを 戦略的直観(Strategic Intuition) と呼んでいる。さまざまな過去の進化をひもとくと、そこには必ず転換点、つまり既存の世界観を一新したり、まったく新しい世界観をもたらす実践的なアイディアが存在する。その際、戦略的直観は人間の脳裏に作用し、新たなアイディアを生み出す鍵となる。理由は後述するが、新たなアイディアがいったいどこからやって来たのかについて扱った論文はそう多くない。ところが、その限られた論文に目を通せば、いずれも戦略的直観について述べていることに気づくだろう。そして、本書を通じて戦略的直観のメカニズムを知れば、読者自身も戦略的直観を使いこなすことができるだろう。

 

 戦略論そのものは、他の伝統的学問からの正統な流れをくんではいない、いわば雑種のようなものだ。それと同様に本書も雑種なため、取り扱う事例は多岐にわたるが、一つ一つを詳細に検証することは控える。事例の各論を扱うのではなく、戦略的直観が各事例に共通して果たす役割を解き明かすことが本書の主題だからだ。私の思考形成に影響を与えた人々や学術研究は多数存在するが、その一部は字数の制約上、本書で触れることができなかった。そのため、各章の脚注に参考文献として列挙するにとどめた。ここで、お世話になった方々の一部を名前のみご紹介したい。

 

 コロンビア大学のマルシア・ライトは、経験主義の見地から歴史に学ぶ重要性を教えてくれた。経済開発プロジェクトの現場でお世話になった同僚リン・エルスワースのおかげで、クーン、シュンペーター、クラウゼヴィッツの3者に共通する考え方を初めて見出すことができた。GEとゴールドマン・サックスでCLO(チーフ・ラーニング・オフィサー)を務めたスティーブ・カーにも、リンと同様にお礼を申し上げたい。彼に出会い、その活動を知ることで、私の考えは根本的に正しいと確証を持つことができたのだ。

 

 レイ・ホートンは、私をコロンビア大学ビジネススクールに温かく迎えてくれただけでなく、戦略的直観というコンセプトに具体性を持たせる上で私にとって欠かせない助言者だ。ポール・グラッサーマンは、私の研究対象領域を広げ、より実践的な理論を構築することに協力してくれた。アマール・ビデは、現代の起業家の成功例を通じてシュンペーターの説を教えてくれた。そして、ビジネススクール学長のグレン・ハバードは、戦略論を教える意義をとことん追究するよう、私を後押ししてくれた。コロンビア大学出版会のマイルズ・トンプソンは、本書の上梓にあたって多大なる貢献をしてくれた。そして同出版会のマリア・ペトロバの校正の緻密さには幾度となく感嘆させられた。


 最後に、本書の執筆に協力してくれたコロンビア大学ビジネススクールの学生たちにお礼を言いたい。これはお世辞ではなく、本当に私は学生から学ぶことが多々あった。学生たちとの議論なくして、私のアイディアの原型が戦略的直観という確固とした概念にまで洗練されることはなかっただろう。